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ドッグヴィル プレミアム・エディション

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ognl:reviewPoints.averagePoint ( 3.7 点 / 6 人)
俳優

ニコール・キッドマン

,

クロエ・セヴィニー

,

ポール・ベタニー

監督

ラース・フォン・トリアー

その他 ニコール・キッドマン (俳優), ポール・ベタニー (俳優), ラース・フォン・トリアー (監督), クロエ・セヴィニー (俳優)
発売日 2004 年 07 月 23 日
メーカー ジェネオン エンタテインメント
時間 177 分
リンク Amazon.co.jp で内容を見る
BIBIO レビュー :
kakaka さん
2 / 2007-01-04 14:12
「MANDERLAY」とのツインパック(初回限定版)だったのですがこっちに書いておきます。

話の内容自体はそんなに凝ったつくりではないですが、セットが通常とは違っていて、雰囲気的にはまるで舞台上で役者が演技をしている芝居を見てるようでした。

さすがに途中はだらけるシーンがありますが、閉塞感で満たされる村人たちの狂気が上手く出てるんじゃないかと。
夜右近 さん
5 / 2005-12-06 13:27
「人間サイテー。」
「人間本当に最悪。」
「もう見たくねーよ!」

と、心の中で繰り返しながら、
最後までみました。
演出により、人間しか見れないようになって、
強制的に人間について考えさせられたように思います。

見終わった後も、1週間くらい、一人になると、
「人間なんて最低な生き物だ。人間なんてみんないなくなった方がいい。」と、
考えては疲れていました。

自分が人間であることも、人間もみんな嫌になります。

でも、一つ希望があることというと、
きっとこの映画を作った人達も、
「人間超さいあくだよ!」って思っていると思うのですが、
ちゃんとたくさんの人とコミュニケーションをとって、
伝えたいことが伝わるように考えて、
それに成功していることだと思います。

しばらく落ち込みましたが、観てよかったです。
元気な時に、ラース・フォン・トリアー監督の他の作品もみてみよう、
と思います。
mqt さん
4 / 2005-11-27 01:55
『ダンサー・イン・ザ・ダーク』 に続き、またしてもトリアー監督。うやむやにするとその存在価値さえ失われる重い命題に対し、明快な結末を用意することで意思表示をした真摯かつストイックな取組みにひとまず拍手!ただ、こういう人いたいた、theology (神学) の授業でめちゃめちゃ絡んでくる人… というトラウマで、個人的にはトリアー監督が人間として不得手なタイプだと思われてしょうがありません…。まぁ、そういう人でないとこんな映画は撮れんわけで、本当に凄いなぁと感心してます。神学と出てきたのは、明らかに 『ソドムとゴモラ』 がモチーフになっているというのもあるのですが、チャプターで切ってるところもそういや聖書っぽいかも知れないな。出演者も演技もよかったし、見終わって初めてあの舞台装置の素晴らしさもわかった気がしました。まだ見てない方へは、長いし辛いし途中でめげそう…となっても最後までとにかく見ることをオススメします。

それにしても、BIBIO でのエロス評価が低くないか!? まいいや…。あと、背後からのふぐりの撮影って映倫的には OK なんですね。
しょこ さん
3 / 2005-10-04 18:43
犬の村 という名にすむ人々。
人間を支えるものはもろく、弱い。
それが崩れると醜くかくも愚かなのか。

 「傲慢」とは何か。善悪は誰が決めてるのか。
 
 犬は役に立つことを仕込める。
 だが本能に従うことを許せば何も覚えない。
 
 どんな人間もその行動に責任がある 
 その機会を与えないことはすごく傲慢なことだ

そして動物の犬だけが奇跡的に生き残る。

正しいと思ってることはなんなのか、
幸せとは何なのか。
変化を受け入れる、間違いを正される、
自分でしなきゃいけないこととは何なのか。

撮影の手法もさることながら
テーマがすごすぎる。答えは出ません。
"演技力でみせ、人間性を問う"映画としては
『12人の怒れる男』に並びます。
ちょっとすさまじすぎて重いけど。
unicco さん
4 / 2005-05-31 22:13
「ドッグヴィル=犬の村」
中盤〜終盤にかけての、そのダブルミーニングっぷりがほんと見事。

アメリカのロッキー山脈に位置する小さな村に、ある日美しい女性・グレースがギャングに追われてやってくる。
小説家志望で説教たれのトムは、15 人の村民の絆を強めるために村一丸となってグレースを匿おうと主張する。
献身的なグレースに、次第に心を開く住民。

しかしその均衡はいとも簡単に破られる。
住民の「素朴さ」は無知であり、強欲であり、保身である。

おぞましいほど嫌悪感は増大しつづけ、ラストで一気に昇華。
トムの決断とグレースの決断は間逆でありながら行き着くところは結局 同じだ。
誰も赦されない。
地球上からこんな醜い生き物は消えてなくなるがよい。

という悪魔のようなメッセージがこめられた作品です。

もうなんかほんとにトリアー監督は人間が大嫌いなのだろうなぁ…。

それにしても自分は最悪なほどに暗い映画がすきなのだなぁ、と改めて思い知りました。
Amazon.co.jp レビュー : ognl:item.amazonRate.averageRate ( 4.0 点 / 63 人)
名作。
/ 2007-07-13




奇抜なセットのことばかりが語られがちの作品だが、
このセットはただこの映画の物語にこれが一番ふさわしかったからで、
別に何か奇抜さを狙ってのこのセットではない。
このセットであるからこそ、ドッグヴィルという場所が
どれだけ閉鎖的で猥雑な場所かが見えてくるのである。
正直僕はこの映画が人生で一番好きかも知れない。
人間とその社会☆
/ 2007-07-19
とっつき易い映画ではありませんが、はじめの何章かを乗り越えてしまえば、あとはとても興味深い物語の世界に引き込まれていくと思います。

主人公・グレースと村(村人)の関わりあいを通して、(はっきり目に見えなくても確かに内在している)人間の「醜さ・汚さ・エゴ」、社会の「危うさ・危険性」といった面を浮き彫りにしていきます。モラル・教育・ルール、そういったものに抑えられていない人間像とも言えるかもしれません。

この映画を見ていて村人達に激しい怒りや哀しみ、嫌悪感を感じない人はまずいないでしょう。ただ自分だってこんな風にもなりえるんだという事を同時に感じると思います。

グレースの「力」による制裁はまるで正しい事のように感じる反面、ゾクゾクと心身に走る恐さがありました。
ではその「力」による抑圧がない立場の人間は?とも想像します。

決して心地良くはありませんし、かなり刺激的で乱暴とも言える見せ方なので、見る人を選ぶ面はどうしてもあると思います。
ただ、こういう見せ方だからこそ揺さぶられる要素という面も多分にあり、実際かなり強く響くものがありました。私はこの物語から感じ考えさせられる事にはとても意味があるもののように思います。見る(受け止め考える)価値のある映画ではないでしょうか。
彼女は天使か悪魔か?
/ 2007-12-11
みたいなキャッチフレーズだったと思います。
内容も見らず、ただそのキャッチフレーズとニコールキッドマンに引かれて借りました。

実際見て…『うわぁハズレ引いたなぁ…』
って思いました。
途中もういいかな?って見るのを止めようと思ったぐらいです。
劇っぽい感じは斬新なのですが、最初は単調に進んでいきます。

基本的テンポよく進む映画が好きなので…。

でも、中盤から目が離せなくなりました。
村人とグレースの関係に。
この映画には人間の最も醜い部分をこれでもかってほど見せつけてくれます。

村人に憎悪感が沸くかもしれません。
グレースを哀れむかもしれません。

最後にスカっとする人もいればグレースを批難する人もいると思います。

けれど、これが『人間』なんです。
飼育された美女と「月光」。
/ 2008-02-07
ニコール・キッドマンってこんなに
美人だったのか、と驚いたが、良く考えたら、
恐らく1930年代北米の寒村の風景や
村人達が、引き立て役に為って、
最初は、都会風の派手なメイクで登場し、
村での生活が始まると、スッピンに近い
キッドマンの美貌が、際立つ様にと言う
「演出」だと、後から、気付いた。

設定とラスト直前までのストーリーは
『飼育』と同様、極めて「日本的」。
「村落共同体」が「余所者」を飼育する。
この辺りは、日本人の目で見ると
別段、如何と言う事は無い。
村人は「個人」ではなく、
キッドマン演ずる美女グレイスを
飼育する「主体」は、
「共同体」そのもの。

日本と異なるのが、「共同体」外部から、
時折、現われる「力」。

最後に、グレイスは、この「力」と強力な
コネが有ると判明。ヴォネガットの小説にも
有ったが、若し、キリストが、「神」と強力なコネが有るのだと、
最初から人々が知っていたら、
十字架に貼り付け等、しなかったろう。

しかし、ドッグヴィルは、既に、グレイスの
「飼育」をしてしまった。
裁く権利は、彼女に有る。
グレイスが、暗がりの中で、ドッグヴィルの
人々を見ていた時、突然、夜空から
「怜悧な月光」が刺す。
人間の「本質」を冴え冴えと照らし渡す「月光」。

彼女は裁く!
暴力!

日本史を概観してみると「大化の改新」以来
外圧と共に為された「強制的な変革」や、
外圧を無視出来ないので、のっぴきならなくなって、
日本人が「自発的にした変革」は、成功は兎も角
達成されている。

割と、「普遍的」な話だと思う。

所で、最後に出て来る「本物の犬」の
名前が、モーゼス。
恐らく、エクソダス・「出エジプト」を
して、紅海を渡った辺りまでは、
良かったんだが、「約束の地」に辿り着く途中で
「間違った場所」に住み着いて、
「ドッグヴィル」を作っちゃった人達が
この地球上に沢山居るのだろう。
と言う事は、全ての「町」の
本当の名前が「ドッグヴィル」か。

補足。
ル・グィンの『オメラスから歩み去る人々』
が、参考に為るかも知れない。
短編集『風の十二方位』に収録されている。
『カラマゾフの兄弟』が売れているようだが、
ル・グィンは、この作品を、「大審問官」から
インスパイアされて書いたとの事。


サディストもマゾヒストも、おねーさんも。
/ 2008-04-28
これほど最高最強の快感を二重に経験させてくれる映画は無い。
自分の中のサディスティックな欲望とマゾヒスティックな欲望を、
同時にピピンとつっついては溢れさせてくれる、監督とヒロインに感服だ。

皮肉好きにはたまらない展開に、ハイとロー、躁と鬱、自己愛と自己嫌悪を行ったり来たり。
グレースにも、トムにも、村人にも感情移入できる自由な我々は、
自由であるが故に、「村人なんて皆殺し!」と「グレースをレイプする」という
能動受動、開放感と罪悪感をずんずん心に響かせることが出来る。

ニコールキッドマンが最後に銃をぶっ放すシーン、
あんなに気持ちよかった瞬間はない。

長い映画だけれど、そのマゾさに耐えられるぎりぎりの長さが心地いい。
でも2回目見るのはちょっとしんどいかな。
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作品 解説

by Amazon.co.jp : 『ダンサー・イン・ザ・ダーク』などのデンマークの異才、ラース・フォン・トリアー監督による衝撃作にして問題作。アメリカ・ロッキー山脈の村に、ひとりの女グレースがギャングに追われて逃げ込んでくる。初めは彼女をいぶかしむ村人たちだが、2週間で村人全員に気に入られることを条件に村に留まることを承認。献身的な肉体労働をこなすグレースだが、警察に手配されていることが発覚し、事態は急転する。
だだっ広い倉庫のような空間に、いくつかの家具を除いては、すべての家や道、犬までが床に白線で描かれているだけ。簡略化した舞台セットのような背景で、グレース役ニコール・キッドマンら俳優たちのハイテンションな演技が続く。足に重りを付けられ、レイプもされるグレースの横で、日常の作業をする村人などシュールな構図が次々と登場。各キャラの欺瞞のドラマが、恐怖とサスペンスを静かに高める。そして、およそ3時間の長尺の末に訪れるのは、すべての常識を覆すような驚愕の幕切れ。いい意味でも、悪い意味でも、めまいがするような映像体験だ。(斉藤博昭)